占いを作って売っている会社です。その立場で答えます。
この問いを検索すると、たいてい二つのどちらかが出てきます。外から「詐欺だ」と切り捨てるものか、占いの業界が「インチキな占い師の見分け方」を説明するものか。後者は要するに、他人がインチキで、うちは本物だという話です。
どちらも、あなたの問いには答えていないと思います。
この記事では線を引きます。 どこまでが「当たらない」で、どこからが「騙している」なのか。売っている側が引くので、当然この線はうちにも跳ね返ってきます。それでいいと思っています。
「インチキ」という言葉は、三つのことを指しています
混ざったままだと答えようがないので、先に分けます。
詐欺にあたる
- ① 当たらないと知りながら「当たる」と言って売る
- 不安を作り、それを消すために金銭を求める
- ここは弁解の余地がありません
詐欺ではないが、間違っている
- ② 当たると本気で信じているが、実際には当たらない
- 誠実だが、結果として誤った説明をしている
- ③ 当たらないと認めたうえで、別の役に立つと言って売る
星の羅針盤は③のつもりでやっています。ただし、③は言い方ひとつで①に化けます。「当たりません」と言いながら、当たることを期待させる書き方をすれば同じことだからです。
だからこの記事の後半では、③が①になっていないかを見分けるための具体的な項目を出します。うちを含めて点検できる形にします。
「占いは統計学だから当たる」は、正確ではありません
占いを擁護するとき、いちばんよく使われる説明です。「昔の人が膨大な事例を集めて統計を取った結果だから、根拠がある」と。
この説明は正確ではありません。 そして、そう言っているのは占いを叩く側ではなく、占い師自身です。
占い師の養成講座を主宰している五十六謀星もっちぃさんは、はっきりこう書いています。現存するすべての占いは「統計学」ではない。 理由は、占いの理論体系が「AだからBである」という演繹によって組み立てられていること、そして統計学が学問として大成したのは19世紀後半で、多くの占術はそれより前に体系化されていたことです。
占い師をしながら大学院で統計学の基礎を学んだという別の書き手も、四つの理由を挙げています。
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01
データの量が足りない
一人の占い師が生涯に鑑定できる人数では、統計として扱える規模になりません。
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02
集まる人が偏っている
鑑定料を払える層に偏ります。無作為に選ばれた人たちではありません。
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03
何が起きたかの定義が曖昧
「結婚した」は、決意した日か、プロポーズの日か、入籍の日か。定義が動くものは数えられません。
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04
同じ手順を機械的に適用し続けられない
統計として扱うには同じ占法を同じ手順で当てはめ続ける必要がありますが、実際の鑑定はそうなっていません。
統計学の側から見ても同じです。統計学は、まず母集団(関心の対象となるすべてのデータ)を想定し、そこから無作為に抽出した標本をもとに母集団の性質を推測します。標本が母集団の縮図であることが要件です。占いの鑑定記録は、この要件のどれも満たしていません。
四柱推命にしても、陰陽五行説という思想を出発点として組み立てられた体系です。誰かが大量の出生データを解析して見つけた法則ではありません。
ここが線引きの一つ目
「統計学だから当たる」と言って売るのは、①に当たります
統計ではないものを統計だと説明して信用を得ているからです。本人が信じていれば②ですが、聞いた側にとっては同じことです。
では、何が言えるのか
当たると言えないなら、何も言えないのか。そうではありません。言えることが一つあります。
生年月日から、決まった手順で計算する方式の占いには、再現性があります。同じ生年月日を入れれば、必ず同じ結果が出る。占い師の機嫌にも、その日のあなたの服装や表情にも、左右されません。
これは小さなことに見えて、実は大きな違いです。その場であなたを観察して話を組み立てる技法(コールドリーディング)は、生年月日だけを受け取って書く方式には使えないからです。使う余地が構造的にありません。
ただし、ここを取り違えないでください。
再現性がある
- 同じ入力なら、必ず同じ結果
- 誰が読み上げても変わらない
- あなたの様子で内容が変わらない
でも、的中ではない
- 毎回同じ答えを出すことと、その答えが正しいことは別
- 同じ間違いを、毎回することもできる
- 再現性は、誠実さの条件であって根拠ではない
再現性は「ごまかしていない」ことの一部を保証しますが、「当たる」ことは何も保証しません。この二つを混ぜて語るのが、②から①へ滑り落ちるいちばん多い経路だと思っています。
当たっているように感じる仕組みと、調べた結果
ここは他の記事に譲ります。
「当たっている」という感覚がなぜ生まれるのか、そしてその感覚が真偽の証拠にならない理由は、『「相性が悪い」と、言われてしまった夜に』に書きました。心理学者フォアラー本人が、1949年の論文で「本人が当たっていると感じることは、その手法が正しいことの証拠にならない」と警告しています。
実際に大規模なデータで検証した結果は、『相性診断は、意味がないのか。』にまとめました。イングランドとウェールズの国勢調査で夫婦一〇〇〇万組を突き合わせた調査、スウェーデンの三十年分の行政記録。調べた人は複数いて、結果は一致しています。
疑っていた側から占いに近づいた経緯は、占いを信じていなかった頃の話にも書いています。
見分けるべきは「占い」ではなく「売り方」です
ここが持ち帰ってほしい部分です。
「良い占い師の見分け方」という記事はいくらでもありますが、たいてい書いた人の店に誘導する形で終わります。だからうちは、占いそのものではなく売り方を見る項目を出します。これはうちにもそのまま当てはまります。
- 不安を先に作る。「このままでは」「放っておくと」から始まり、その不安を消すために次の支払いが必要になる構造。
- 期限を切る。「今月中に動かないと」「この時期を逃すと」。判断する時間を奪う言い方は、内容の正しさとは無関係に警戒していいと思います。
- 高いほど当たると言う。料金は、かけた時間や手間を反映することはできます。予測の精度を反映することはできません。
- 悪い結果を出したあとに、追加の鑑定を勧める。悪い知らせを受け取った人が最も判断しにくい瞬間に、次の商品が置かれている形です。
- 断ると態度が変わる。買わない選択をしたときの反応に、その商売の目的が出ます。
- 結果に従うことを求める。「言うとおりにしないと意味がない」。結果を受け取ったあと、どう扱うかを決めるのは受け取った人です。
これらは占術の種類とは関係がありません。 四柱推命でも、タロットでも、星占いでも、この形をしていれば同じです。逆に、この形をしていなければ、当たらなくても詐欺ではありません。
この記事の結論
当たらないことと、騙すことは、別のことです
占いが当たらないのは、たぶん本当です。それでも、当たらないと認めたうえで渡せるものはあります。線は精度ではなく、売り方のほうに引かれます。
もう少し、考えてみる
占い師は、自分で当たると信じているのですか
人によります。上に引いたように「統計学ではない」と明言する占い師もいれば、本気で当たると信じている人もいます。
大事なのは、信じているかどうかで詐欺かどうかが決まるわけではない、ということです。本人が信じていても、聞いた側が受け取る損害は同じです。信念は免責になりません。
当たったことがあります。あれは何だったのですか
いくつかの可能性があります。誰にでも当てはまる書き方をされていた。当たった部分だけを覚えていて、外れた部分を忘れている。あるいは、言われたことが自分の行動を変えて、実際にそうなった。
どれであっても、あなたが感じた「当たった」という体験そのものは本物です。 否定するつもりはありません。ただ、それを「だから占いは当たる」の根拠にはできない、という話です。
逆に、言われた時期が過ぎても何も起きなかった場合は、占いが、当たらなかった。に、外れる仕組みと待っていた時間の扱い方を書いています。
では、何のためにあるのですか
私は「言葉を渡すもの」だと思っています。
自分の気質や、相手との噛み合い方を、自分の語彙だけで言葉にするのは難しい。外から借りた言葉があると、輪郭が見えることがあります。それが当たっているかどうかより、その言葉を使って自分の状態を考えられたかどうかのほうが役に立つ、というのが私の立場です。
これは占いでなくても構いません。性格診断でも、友人との会話でも、同じ役割を果たすなら何でもいいと思っています。
占いをやめたほうがいいですか
判断の全部を預けているなら、やめたほうがいいと思います。特に、悪い結果が出るたびに次の占いを探している状態なら、占いが問題を作る側に回っています。
一方で、たまに読んで面白がる程度なら、やめる理由は特にありません。やめるかどうかより、何を預けているかのほうが問題です。決定を預けているのか、言葉を借りているだけなのか。
参考にした記事・資料
- 五十六謀星もっちぃ「占いは統計学ではない」(占い師・占い師養成講座主宰)
- 占術修行「占いは統計学なのか?」(占い師・大学院で統計学の基礎を学んだ書き手による)
- 佐藤正一「第1章 統計学とは」医学検査 74巻(母集団・標本・推測統計の定義)
- 四柱推命(Wikipedia 日本語版)(陰陽五行説を元にした体系であること、流派による差異)
- Forer, B. R. (1949). The fallacy of personal validation. Journal of Abnormal and Social Psychology, 44(1), 118-123.


