もし、何十年も使われてきた計算式で天体の位置を予測し、答えがほとんど完璧に合っていたとします。

ほとんど、というのが重要です。

大きく外れているわけではない。観測装置の故障とも言い切れない。知られている惑星の影響を一つずつ計算しても、最後に小さな差だけが残る。

19世紀の天文学者たちが水星の軌道で見つけたのは、そんな「説明できない余り」でした。

その大きさは、1世紀あたり約43秒角。

アインシュタインの一般相対性理論は、約半世紀も残っていたこの小さなずれを、未知の惑星も、その場しのぎの調整値も使わずに説明しました。

今回は、「古い理論が全部間違いだった」という話ではありません。圧倒的に正しかった理論の端に残った、ごく小さな違和感が、世界の見方を更新したという物語です。

先に、結論

ニュートンはほぼ正しかった。相対性理論が、最後の43秒角を埋めた

水星の楕円軌道は、ほかの惑星から引かれるため少しずつ向きを変えます。その大部分はニュートン力学で計算できます。しかし観測値には、計算より1世紀あたり約43秒角だけ余分な回転が残りました。

一般相対性理論で、太陽の近くでは時空が曲がる効果を加えると、その残差がほぼそのまま説明されます。

そもそも、水星の「位置がずれる」とは?

水星は太陽のまわりを、少し細長い楕円で回っています。楕円の中で太陽に最も近づく点を「近日点」と呼びます。

もし太陽と水星だけが存在し、ニュートンの重力だけを考えるなら、水星は同じ楕円を繰り返し通ります。ところが実際の太陽系には、金星、地球、木星などがいます。ほかの惑星からも少しずつ引かれるため、楕円の向きそのものがゆっくり回転します。

この現象が「近日点移動」または「近日点歳差」です。

Orbit in motion

少しずつ回転する水星の楕円軌道 太陽を焦点に持つ水星の楕円軌道が、一周ごとに少しずつ向きを変え、花びらのような軌跡を作る図 太陽 水星 近日点が少し進む
実際のずれは、図よりはるかに小さいものです。違いが見えるよう、回転角を大幅に誇張しています。

「位置がずれる」といっても、水星が突然コースを外れるわけではありません。毎回ほぼ同じ楕円を回りながら、太陽に最も近づく方向が、ごくわずかに先へ進むのです。

43秒は、時間ではなく「角度」

ここでいう43秒は、時計の秒ではありません。「秒角」という角度の単位です。

How small is 43 arcseconds?

43秒角は約0.012度。空に見える満月の直径のおよそ42分の1にすぎません。それが100年かけて積み重なるほどの、小さな差でした。

それでも天文学では、計算と観測が継続して食い違うなら、差が小さいことは無視する理由になりません。むしろ、ほかの部分が正確に合っているからこそ、残った差には意味がありました。

ニュートン力学は、どこまで説明できていたのか

1687年にニュートンがまとめた運動法則と万有引力は、地上で落ちる物体と、空を回る月や惑星を、同じ法則で説明しました。

その成功は圧倒的でした。惑星の軌道を計算でき、彗星が戻る時期を予測でき、まだ見えていない天体の場所まで推定できるようになります。

水星の軌道も、もちろん大部分は説明できました。

The calculation ledger

天文学者は、金星・地球・木星などが水星へ与える小さな引力まで計算しました。それでも、現在の値で約43秒角/世紀の余分な進みが残りました。

つまり、ニュートン力学で出した水星の位置が毎回大きく外れたわけではありません。膨大な計算を積み上げた最後に、どうしても消えない差が残ったのです。

「見えない惑星がいるのでは?」──バルカン探索

1859年、水星の運動を詳しく調べたフランスの天文学者ユルバン・ルヴェリエは、既知の惑星による影響だけでは説明できない近日点の進みを報告しました。彼の当初の値は約38秒角/世紀で、後にサイモン・ニューカムらの計算で、現代に近い約43秒角へ整理されます。

ルヴェリエが考えたのは、ニュートンを捨てることではありませんでした。

水星よりさらに太陽に近いところに、まだ見つかっていない惑星があり、その重力が水星を引いているのではないか。仮想の惑星は、のちに「バルカン」と呼ばれます。

今から見ると、無理のある発想に感じるかもしれません。しかし当時としては、とても合理的でした。

ルヴェリエはそれ以前に、天王星の軌道のずれから未知の惑星の位置を計算し、1846年の海王星発見につなげた人物です。「計算に残るずれの向こうには、まだ見えない天体がある」。一度大成功した方法を、水星にも使おうとしたのです。

けれど、バルカンは見つかりませんでした。

Science is allowed to be wrong

バルカン仮説が価値のない失敗だったわけではありません。既存の理論を守ったまま差を説明できる、検証可能な候補を出した。探して見つからなかったことで、別の可能性へ進む材料が増えました。

1915年、アインシュタインの計算で差が消えた

アインシュタインは1905年に特殊相対性理論を発表したあと、約10年をかけて、重力を含む新しい理論を探しました。

ニュートン力学では、太陽が力を及ぼして水星を引っ張ります。一般相対性理論では、太陽の質量が周囲の時空を曲げ、水星はその曲がった時空の中で、最も自然な道を進みます。

Newton and Einstein

1687

ニュートン

平らな空間の中で、太陽の引力が水星の進む向きを変える。

1915

アインシュタイン

太陽が時空を曲げ、水星はその形に沿って進む。近日点付近で小さな追加効果が生まれる。

太陽から遠く、重力が弱い場所では両者の予測はほとんど同じです。太陽に近く、軌道が細長い水星だから、ごく小さな違いが積み重なりました。

1915年11月、アインシュタインは新しい重力理論から水星の近日点移動を計算しました。

出てきた追加の進みは、1世紀あたり約43秒角。

長く残っていた観測との差と一致しました。

ここで重要なのは、43になるよう後から数字を調整したのではないことです。太陽の質量、水星の軌道、光の速さといった既に分かっている量を、新しい理論へ入れると、その値が出てきました。見えない惑星を足す必要もありませんでした。

ばらばらに見えていた観測と計算が、理論を変えた瞬間に、一つの線としてつながった。

一般相対性理論にとって、水星は最初の大きな成功になりました。

水星の謎が解けるまでの約230年

  1. ニュートンが『プリンキピア』を刊行

    運動法則と万有引力によって、地上と天体の運動を一つの物理学で説明しました。

  2. 軌道計算から海王星が発見される

    ルヴェリエらが天王星のずれから未知の惑星の位置を予測。計算の近くで海王星が見つかり、ニュートン力学の力を印象づけました。

  3. 水星に説明できないずれが報告される

    ルヴェリエが水星の近日点移動に残る差を示し、太陽の内側に未知の惑星がある可能性を考えました。

  4. 一般相対性理論が約43秒角を説明

    アインシュタインの新しい重力理論が、ニュートン力学では残っていた近日点の追加の進みを導きました。

  5. レーダーと探査機で、さらに精密に検証

    地球からのレーダー測距や水星探査機のデータを使い、相対論的な軌道計算はより高い精度で検証されています。

では、ニュートンは「間違い」だったのか

ここは、科学を理解するうえで大切なところです。

一般相対性理論が登場したからといって、ニュートン力学が使えなくなったわけではありません。速度が光より十分遅く、重力が極端に強くない世界では、一般相対性理論の答えはニュートン力学の答えへ近づきます。

人工衛星や惑星の軌道でも、目的の精度によってはニュートン力学が今も便利です。建物、自動車、機械の設計で、毎回アインシュタインの方程式を解く必要はありません。

関係をたとえるなら、地球儀と平面地図に少し似ています。

近所を歩くなら平面地図で困りません。けれど大陸をまたぐ最短経路や、地球全体を高精度に扱うなら、地球が丸いことを入れなければずれます。

ニュートン力学は、非常に広い範囲で正確に働く近似です。相対性理論は、その正確さがどこから来て、どこで限界が現れるのかまで説明する、より大きな枠組みです。

この物語が面白い、4つの理由

綺麗に整う、ということ

水星の43秒角は、単なる計算ミスではありませんでした。

観測が間違っているのか。未知の惑星がいるのか。太陽の形に原因があるのか。重力の法則そのものを変えるべきなのか。半世紀以上にわたり、さまざまな可能性が試されました。

そして、時間と空間の考え方そのものを変えたとき、説明できなかった数字が自然に現れました。

科学の美しさは、すべてが最初から合うことにあるのではないのだと思います。

合わない部分を小さいからと捨てず、観測を続ける。うまくいってきた考え方にも限界があるかもしれないと疑う。そして新しい見方が、古い理論の成功も、残っていた違和感も、まとめて説明する。

43秒角のずれは、理論の失敗を示す傷ではなく、次の世界観へ続く細い入口でした。

私たちが何かを理解しようとするときも、全体を壊すほどではない小さな違和感の中に、見方を変えるきっかけが隠れているのかもしれません。

参考資料・さらに読むために

  1. Einstein Papers Project, “One Hundred Years of Einstein's Field Equations, and of the Explanation of Mercury's Perihelion”
  2. Einstein Papers Project, “Volume 4: The Swiss Years, Writings, 1912–1914”
  3. Clifford M. Will, “A new general relativistic contribution to Mercury’s perihelion advance”
  4. NASA Goddard, “Newton and Einstein Fact Cards”
  5. NASA, “Solar System Expansion and test of the Strong Equivalence Principle”
  6. European Space Agency, “What is gravity?”